『ママのシルフィー』と、父が選んだ赤い車

実家の車は日産のシルフィー。
少しボルドーがかった美しい赤のボディを、母がいつもピカピカに磨いています。
その前のティアナは、これも鮮やかな深いブルーで、母が選びました。

いつの頃からか、父は、車種は自分で選びながらも、色の選定は母に任せるようになっていたのです。
そうすることで、母が気に入ってその車を大切に乗ること、それが安全運転に繋がるのだということをよく解っていたのかもしれません。
10年乗っていたティアナも、下取りに出した時にはディーラーさんが『10年も乗っていただいたとは思えないほど状態が良い』と驚くほどだったそうです。

そして、たまたまシルフィーに買い換えたときには、消費税が8パーセントに上がる直前のフィーバーの寸前であったとかで、すんなりと納車され、実家のカーポートに収まっているその写真が送られてきた時、電話で交わした会話の母の弾んだ声は今でも思い出せるほどでした。

しかし、その数か月後に異変が起こります。
父が病に倒れ、長い闘病生活に突入したのです。

救急車で運び込まれた先は車で30分ほどの距離です。
母は、余程の雪や台風でない限り、毎日通ってベッドに寄り添っていました。

『運が良かった。もしあの時買い換えていなかったら、10年物の車でこんなに毎日走らせられたかわからないし、トラブルが起きたら対処できるかわからないし、何よりもパパの意識がなくなっていたら、買い替えそのものが出来なかったかもしれない』
と母が言ったのです。
シルフィーも、それに関する保険の関係も、名義は全て父だったからです。

もともと運の強い人たちではありましたが。
不幸中の幸いはあるものだと実感したのです。

それから5年。
父は入退院を繰り返していますが、年齢の割に頑張っていてくれて、マヒは残っていてもちゃんと会話もできますし、元気にデイサービスに通っている毎日です。
孫である私の息子たちが免許を取ってからは、帰省した時には運転できるように、と保険の範囲を変更してくれたり。
そんな気遣いもまだまだちゃんとしてくれるおじいちゃんなのです。

『ママのシルフィー、奇麗な色だろ?』と、ベッドのある部屋の窓から見える庭先の車を眺めて、父がよく言います。
『あの色は目立つから、安全なんだ』と。

金婚式を超えて久しい両親です。
父の身体のことは心配ばかりですが。
元気に車を転がして奔走してくれる母と、そのために出来るだけのことをしてくれる父。
ピカピカのシルフィーは、そのハートの色をそのまま投影しているように感じています。

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